数多くの英断が生み出した、テレビ番組のネット配信

東日本大震災では、これまでに例を見ない形でメディア間の連携が行われた。YouTube や Ustream といったサービスにおいて、テレビのニュース番組が放送と同時に配信されたのである。

2012 年 5 月 11 日掲載

日本中の人々がテレビのニュース番組にかじりついた

渋谷、飲食店の街頭テレビに集まって地震のニュースを見る人々(2011 / 3 / 11 撮影)

 今回の震災では、これまでになく IT が役に立ったと言われる。だが、文字や写真が中心の情報だけではなかなか実感が人に伝わらない面もある。

 東日本を突如襲った長く大きな揺れの後、多くの人々は不安に陥り、揺れがどこから伝わってきたもので、どの程度の被害があったかを知りたがったはずだ。

 そんな時、震災がどれほど深刻なものだったかを、もっとも如実かつリアルに伝えていたのはやはりテレビ放送だった。

 電気の通じている家々では大勢がテレビの前にかじりついていた。

 屋外でも人々はテレビの前に殺到した。3 月 11 日、JR 渋谷駅に設置されたサイネージなどは一斉にテレビのニュースを流していた。飲食店に置かれたテレビの前に人だかりができている様子も散見できた。

 一方、テレビが置かれていないオフィスや停電に陥った被災地では、携帯電話に搭載されたワンセグ受信機能が役に立ったという声をよく聞く。

 今回の震災では、我々が今日慣れ親しんでいるテレビ放送に加え、おそらく日本の歴史においても初めてである、新しい形でのテレビ番組の配信が行われた。

 YouTubeやニコニコ動画、Ustream といったインターネットサービスによるテレビ番組の配信だ。

 当初、これらの配信は、ワンセグ機能が搭載されていないスマートフォンなどでの視聴を目的として草の根的に始められたが、海外を訪問中、あるいは在住の日本人にとっても重要な情報源になった。国内の日本人が不安な日々を過ごしながらテレビにかじりついていた数日間、海外に住む日本人たちも、ネットのサービスを通じて流れてくる日本のニュース番組にかじりついていた。

 このような方法によるテレビ番組のネット配信は、ほとんどの人がテレビを見られるようになった 3 月 25 日前後には終了したが、テレビ局にとっても、各インターネットサービス事業者にとっても貴重な体験になったはずだ。

中学生の勇気ある行動がすべての始まり

 テレビ放送をインターネットでそのまま流す、という大胆な行為を真っ先に行ったのは、広島県に住む当時中学 2 年、14 歳の少年だった。最初の揺れから 17 分後の午後 3 時 3 分、「この画面をネットに流したら、助かる人がいるんじゃないか」と考え、自分の iPhone でテレビ画面を写して、Ustream に流し始めた。NHK から訴えられたらどうしようということも考えたが、「東北には自分よりも不安を抱えた人がものすごい数いる」という思いに背中を押されて放送を行った。

 配信の話題は Twitter を通してあっというまに広がっていった。

 配信に気づいた Ustream Asia の担当者は迷った。少年が行ったのは NHK の著作権を侵害した「違法配信」であり、普段は直ちに停止する内容だ。しかし、停電などでテレビを見られない人には貴重な情報源ではないかと考えた。

 出張中の Ustream Asia の社長、中川具隆さんは午後 4 時頃「我々の判断で停止するのはやめておこう」と指示。NHK から要請があった場合のみ、停止することにした。

 事態が変わったのは午後 5 時 20 分頃である。NHK 広報部の公式 Twitter アカウント、@NHK_PR が、他の Twitter ユーザーから Ustream で NHK が見られることを知らされたのだ。@NHK_PR は「情報感謝!」というメッセージを添えて、教えられたURLを自ら広げた。これは言ってみれば、事前許可なしで行われた配信に NHK の広報職員が同意を与えたようなもので、ここから情報拡散に一気に火がついた。

 18 分後、他のユーザーからそんなことをして大丈夫かと問われた @NHK_PR は「私の独断なので、あとで責任は取ります」とも返している。彼も、テレビを見たくても見られない人がいるかもしれない、というニーズをわかっていたのだ。この NHK 広報職員は阪神大震災の被災者であり、地震の第一波が東京に届く前、2:47 頃の緊急地震速報以後、大津波警報など重要情報をつぶやきつづけていた。

 その後、午後 6 時になると、NHK は少年による NHK 番組の配信を Ustream に許諾、午後 9 時頃からは NHK 自身による Ustream 公式配信をスタートさせた。

 これと前後して、TBS、テレビ朝日、日本テレビ、フジテレビなどの民放も同様の配信を開始している。テレビ局による公式ライブ配信を最初に始めたのは TBS だった。17:42 には Ustream で CS のニュース番組「ニュースバード」を配信している。

YouTube も TBS のニュースを配信

YouTube で配信された TBS のニュース番組。テレビのニュース番組が放送と同時にネット配信されたのは、これまでにほとんど例がない。

 東日本大震災において、テレビ放送をインターネットで配信したのは Ustream だけではなかった。ニコニコ生放送も、NHK とフジテレビの放送を始めた。

 そして Google の運営する YouTube でも TBS のニュースバードが流れた。YouTube Live というライブストリーミングの仕組みを使い、TBS が番組の配信を開始したのだ。

 TBS との折衝を担当したのはプロダクトマーケティングマネージャーの長谷川泰だ。

 長谷川は震災発生当時、コンテンツパートナー(YouTube に動画コンテンツを提供する企業や個人)との打ち合わせがあり、Google 東京オフィスがある六本木ヒルズ内のカフェにいた。その後、地震が起きてエレベーターが止まってしまったため、オフィスに戻れなくなっていた。しばらくは家族の安否を確認し、震災に関するニュースを見たり、東京オフィスにいる仲間にチャットで社内の状況を聞いたりしていた。やがて、自宅が会社から近いこともあり、同僚にエレベーターが復旧したら教えてほしいと頼み、いったん帰宅した。

 しばらくするとエレベーターが全部ではないが、1、2 台は動き始めたという連絡が同僚から入ったため、長谷川は混乱のまっただ中、オフィスへと戻った。この頃、既にクライシスレスポンスチームは動き始めており、チームメンバーが興奮状態で議論を続けていたが、長谷川もそこに首を突っ込んで事態の把握に務めた。ここでパーソンファインダーが動き始めていることを知り、長谷川は YouTube で動画版パーソンファインダーを提供したいと考えたが、それには時間が掛かる(実際の形になったのは 1 週間後である)。

 すぐにできる、もっと大事なことがないか?

 そこで長谷川が思いついたのが、YouTube を使ったテレビ番組の配信だった。

 長谷川は自宅待機中に、Ustream で NHK の番組が配信されるのを見ていた。YouTubeは、すでに多くのテレビ局とコンテンツパートナー契約を結んでいるので、こうした局と交渉をすれば合法的にサービスの提供ができるのではないだろうか。

 そこで、長谷川は各パートナーの渉外担当に連絡を取り始めた。先述したように、TBS は積極的にライブ配信を進めており、YouTube でも同日中の配信を行うということで意見が一致した。

スピーディな法的判断で、ネット配信を推進

 TBS との合意はほんの出発点に過ぎなかった。この日、長谷川の前には、乗り越えなければならない壁がいくつも立ちはだかっていた。

 まずは法的な壁だ。TBS の許可をもらったとはいえ、これが本当に法的に問題にならないか。長谷川は、チャットで法務部の山田寛に問い合わせた。

 山田は、いつでもチャットに対応できるようにパソコンの前に張り付いていた。法的相談はもちろんだが、帰宅できない同僚に自分の部屋を開放して構わないという社員がリストを作っており、山田もそこに名を連ねていたため、いつ誰から連絡が来ても大丈夫なよう備えていたのだ。

 地震後、最初に山田へ連絡を取ってきたのは長谷川だった。

 山田は当時をこう振り返る。

 「最初は Google の誰かが TBS の画面を撮影して、それをそのまま YouTube に流すというワイルドなアイディアだと思って(笑)。さすがにそれは……と思ったのですが、そうではなくて TBS の全面協力により、スタジオでボタンを押したら始められるような状況になっている、ということでした。もうちょっと信用してあげればよかったですね(笑)」

 この時点で山田は問題がないと思ったが、話が進むにつれ、社内での承認の問題もあることがわかってきた。

 普通の状況で YouTube のライブストリーミングを行うには、数々の社内承認プロセスや契約プロセスを通さないとならない。

 「彼が相談をしてきたのは、11 日の夜、確か日本時間で 午後 8 時か9 時頃。YouTube の本社は夜中で閉まっている時間です。長谷川はすぐにでも始めたいけれど始められない、どうしようという感じでした」

 ここで山田は決断をする。

 「本来の社内プロセスがどのくらい重いかわからなかったけれど、とりあえず始めるしかないだろうと思ったんです。翌朝、もし本社がダメだって言ったら、その時点で止めればいい。とりあえず今始めようと」

  山田は、長谷川に対して「始めることについては僕の責任で OK だ」というメールを出した。

 「僕自身、今日本がどうなっているかを知りたかったし、世の中でもものすごい数の人がリアルタイムの情報を探していました。それを Google がサポートできるというのであれば、もうやるしかない。勝手にテレビを撮るならリスクが大きいけれど、TBS 側で承認してくれるならリスクはないだろうと考えました」と山田は語る。

時差と技術の問題を乗り越え、配信スタート

 山田のお墨付きをもらった長谷川だが、次は時差と技術の壁が立ちはだかっていた。

 今でこそ当たり前に行われるようになった YouTube のライブ配信、YouTube Live。しかし、当時は海外ではサービスがスタートしていたものの、日本はまだ正式スタート前で経験者がいなかった。不備がないよう、本社スタッフに連絡を取ろうとしても米国は深夜なため難しい。

 ただし、Google は米国だけでなく、ヨーロッパなどにもオフィスがあり、優秀なエンジニアが点在している。

 「ヨーロッパのエンジニアを当たり、イギリスのオフィスにいるライブ配信に詳しいエンジニアを捕まえることができました。しばらくは、どのフリーソフトが使えるとか、設定をどうしたらいいかといったことを私がチャットでこのエンジニアに質問し、それを電話で TBS の担当者に伝えていました」

 こうして電話をつなぎっぱなしで作業をした結果、震災発生から 9 時間弱後、3 月 11 日の 23:30 頃に、YouTube Live を使った TBS ニュース番組の配信が国内で初めて開始された。

 「つながったと思ったら切れたりといったアクシデントもありましたが、TBS さんはとても協力的でした。非常にお忙しい中、ご担当の方に最初からご対応いただけた。毎回電話を掛け合うのではなく、1 時間以上電話をつなぎっぱなしで作業を進めました」と長谷川は振り返る。

 23:50 には、TBS ニュース番組の配信についての告知が Google 公式ブログ 日本版にも掲載された。

 日本国内から YouTube を利用している場合、画面上部には 1 行広告のティッカーが現れるようになっているが、ここでも TBS のニュースが視聴できる旨案内が流れるようにした。

 ちなみに、長谷川が技術的問題でエンジニアと連絡を取っている一方、山田もロンドンの社員と連絡を取っていた。相手は Google 社内における法務関係の No.2、ヨーロッパの法務部責任者だ。

 山田が長谷川にメールを送った直後、山田宛に「今、話せるか?」というチャットのメッセージが飛んできて、すぐにビデオ会議が始まった。

 画面の向こう側には、ロンドンの YouTube 幹部が会議テーブルに並んで座っており「ヒロシ、本当に大丈夫か?」と問いただされた。

 山田は「基本的には大丈夫だし、仮に自分が見落としている問題があったとしても、大事にはならないからやるべきだ」と返したところ、ヨーロッパ側も「それはそうだ」と納得してくれた。後にはヨーロッパの法務責任者から “Yes, no matter what, this is the right thing to do”(これはなすべき正しい行いだ)という、個人的な応援メールも届いた。この法務責任者は「自分も承認したので積極的にやろう」と本社にも話を通してくれたという。

 長谷川は、「通常ならば、ニュース番組をライブ配信するとなると、TBS の側でも何人もの決済が必要で、時間もものすごくかかったはずです。緊急時ということで関係者が了解してくれたため、ほんの数時間で対応していただくことができました」という。

前代未聞のテレビのネット配信から、我々は何を学ぶべきか

YokosoNews が行った被害状況の配信には、海外からも多数のユーザーがアクセスした

 本来なら時間の掛かる社内での承認プロセスを緊急時ということで簡略化し、誰かが責任をとってできる限りの法的リスクを回避しながらサービスを始める。YouTube だけでなく、おそらく Ustream やニコニコ動画などのサービス、NHK やTBS、フジテレビといった放送局においても、3 月 11 日は法律ありきではなく、まず何が重要かを基準にして英断が数多く行われたのだと思う。

 異例の判断をごく短時間で行うことで実現されたテレビのネット配信は、はたしてどのような成果を残したのか。

 東日本大震災においてネット上で一番話題として盛り上がっていたであろう、Ustream の配信は、震災当日 133 万人が視聴したという。平常時の視聴者数は 20〜25 万人なので、それが 5.2 倍に増えたことになるが、一般のテレビで見ていた人の数と比べると、はるかに少なそうだ。

 ただし、冒頭でも述べたように、テレビのないオフィスや、停電でテレビが見られない状況にある人、海外在住の日本人にとって、パソコンやスマートフォンで見られるネット配信は重要な情報源となっていた。

 筆者が知己のある米国やヨーロッパ在住の日本人に話を聞いたところ、震災後数日はパソコンに張り付いて日本のニュースを視聴し、寝不足の日々を過ごしていたという人が多い。

 ネット配信関連では、ほかにも面白い試みがいくつか行われた。 Ustream で英語番組を配信している 三重県四日市市の YokosoNews では、震災直後にライブ配信を開始し、日本の被害状況を英語で伝え始めた。番組のところどころでは、震災関連ニュースの内容を英語に同時通訳するということも行っていた。

 また、テレビと視聴者の関係にも、変化が生まれたかもしれない。Ustream などのサービスでは、視聴中の番組について視聴者同士でコメントによる会話が可能だった。ユーザーはコメントを通じて、手話を入れた方がいいであるとか、英語の副音声をつけた方がいい、子供たちを不安がらせないために子供向け番組を放送した方がいい、といったリクエストを出していた。その後、NHK はこれらの要望を次々と実現していき、ネットで大変な評判になった。Twitter 上で @yopita_ さんが「NHKの対応すごいな。ネットで話題になってた、手話放送と英語放送と生活情報放送とアニメ放送しろよにちゃんと答えて放送してるし、自衛隊が助けた人数とか買い占めすんなとか物資送付やボランティアするときはちゃんと連絡して調べてから行動せいとか、ちゃんと放送されてる。NHKすごい」とつぶやくと、このつぶやきは大勢の共感を得て、約 350 人にお気に入り登録され、400 回近くリツイートされることになる。

 NHK の行動が、Ustream 視聴者のコメントに対応したものか、それとは無関係なのかはわからない。しかし、視聴者が放送局に対してこれだけの親近感を覚える機会は、普段の放送ではなかなかないはずで、テレビとネットの未来への可能性を感じさせる。

 なお、YouTube では、テレビ番組の再配信後にも、長谷川が最初に考えついた動画版消息情報や東北復興支援の取り組みなど数々の試みを行っている。

 最近では、Google+ ハングアウトという新しいライブ放送技術も提供されるようになり、これを使った復興ハングアウトという新しいプロジェクトも始まっている。

取材、執筆、編集 : 林信行 / 山路達也

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