被災地の上空写真を一刻も早く人々の手に(2)― 高精細な航空写真を手に入れる

はるか高空を回る人工衛星からの写真よりも、飛行機による航空写真の方が精度が高く、被災地の状況をより詳細に把握できる。Google は衛星写真に引き続き、航空写真の提供に取り組んだ。

2020 年 2 月 17 日掲載

航空写真で被災地のより詳細な状況を

左が衛星写真による仙台駅、右が航空写真による仙台駅。航空写真では車 1 台 1 台をはっきりと視認できる。

ケビン リース(Kevin Reece)は、Google の米国本社で Google マップや Google Earth で使われる衛星写真や航空写真を担当している。彼は、東日本大震災が起こると、やはり米国本社勤務の河合敬一に連絡を取り、被災地の航空写真を撮影するために飛行機を手配することを勧めた。

低空を飛ぶ飛行機から撮影した航空写真は、衛星写真よりも解像度が高く、鮮明だ。東日本大震災以前では、2010 年 1 月のハイチ大地震でも Google の航空写真が活用され、救援に向かった軍隊が船の停泊地を探る上で大いに役立った。

「Google の航空写真は、特別に開発されたカメラで撮影を行い、処理に使うコンピューターも世界トップクラス。それに加えて、一般的な航空写真ではどうしても手動にならざるを得ない処理を自動化している点が強みだ。さらに、公開データには世界中の誰もが簡単にアクセスでき、さまざまな応用が可能な形態で提供している」とリースは自信を見せる。河合によれば、「他の航空写真と比べても一度の飛行でカバーできるエリアが広い」とのことである。

国や民間企業には頼らず、独自に撮影することを決断

河合は飛行機の手配と同時に、Google 東京オフィスの藤井宏一郎に連絡を取った。藤井は、政府との交渉ごとや政策回りの案件といったガバメントリレーション(GR)を担当している。彼は、地震直後に採用面接をしていたが、面接相手を帰宅させた後、会社から徒歩圏にある家に一時帰宅した。河合からチャットで連絡があったのはその時だ。

「河合は、飛行機を飛ばして写真を撮りたいって言うんですよ。『この大災害の中、何を言い出すのか。テレビを見ても状況がわかっていないのか?』と思って、最初は『無理だ』と返しました。ところが、河合が引き下がらないので耳を傾けてみると、被災地の状況をいち早く捉えて世界に知らせることこそが Google のミッションだと言うんです」

これをきっかけに、藤井も 24 時間態勢でクライシスレスポンスに当たることになる。国土交通省の国土地理院にアプローチしたところ、実は国土地理院もすでに航空写真を撮影する準備を進めており、数日以内にウェブページ上での公開も予定していた。しかし、Google マップや Google Earth で利用できる、高精細のデータを提供してもらうためにはさらに時間がかかるということがわかってきた。

藤井は、なんとか写真を入手できないかと国土地理院と何度かメールや電話でのやり取りを繰り返したが、国土地理院の航空写真を入手して活用するためには、どうしても「測量成果の複製・使用」と言うウェブページから申請書をダウンロードし、返信用切手を貼って郵送し、最大で 2 週間待たなければならないことがわかった(なお、国土地理院は Google のリクエストに応えるつもりだったが、途中で交渉が途絶えたという認識でいる。コラム参照)。

これでは、被災地の現状が心配な人たちや救援に向かう人たちのため、早く簡単に利用できる写真を提供したいという河合の要請に応えられない。

「とにかく早く提供することが大事」――この信念の元、国土地理院との交渉と並行して、パートナーシップ担当の村井説人も、航空写真を提供する企業にコンタクトをとり、手続きなどを調べてもらっていた。しかし、これらの会社が所有する飛行機は、政府の目的のために予約済みであった。

こうした経験を経た村井は「有事の際にどういうプロセスが必要かを検討し、Google も事前に参加しておくべきだったというのが、今回の気づきの一つ」だと語る。

藤井は、その後も国土地理院と連絡を取り続けた。しかし、13 日の朝になると、これ以上交渉を続けるよりも、Google が独自に手配した飛行機で航空写真を用意した方が近道だと判断し、それを河合らに伝えた。

自分たちで飛行機を手配する方針を固めたものの、それを実現するためには長い長い折衝が待っていた。結局、最初の飛行機が仙台上空を飛んだのは、2 週間後の 3 月 27 日だった。それまでの間、藤井はいつかかってくるかわからない河合や政府機関からの連絡を逃すのが心配で、地下鉄に乗ることができず、どこに行くにもタクシーで地上を移動していたという。

27 日の初飛行後、連続して復興の経過を記録

3 月 27 日の仙台は曇っていたが、Google マップや Google Earth で利用可能な写真を撮影することができた。この飛行機は 4 月 1 日までほぼ毎日飛び続け、その後天候不順でしばらく撮影を中断したが 5 日には 2 回飛び、そのうちの 1 回は福島上空を撮影。6 日にも撮影を行い、最後は 10 日に宮古市を撮影して、これで一段落とした。継続的に写真を撮り続けたのは、震災後の復興などを含めた経過を克明に記録し、後で振り返ることができるようにするためだった。

空撮の飛行機が 1 日の撮影を終えて飛行場に着陸すると、それを Google の社員が車で迎えにいき、撮影したデータを Google 東京オフィスまで運ぶ。会社に到着するや否やすぐに処理を開始する。何度かは電車で運んだこともあった。

他の航空写真と比較すると、手作業が大幅に少ない Google の航空写真処理プロセスだが、リースはそれをさらに簡略化するために、東日本大震災の空撮専用スクリプト(簡易プログラム)を作ったりもした。

画像等の処理が簡単に行える Google マップの航空写真提供システムだが、東日本大震災への対応は一筋縄ではいかなかった。最大の挑戦は、地震によって地面が大きく動いてしまっていたことだ。

航空写真データ作成においては、地上に置かれている GPS の電子基準点の位置情報が重要になる。だが、この基準点が地震の影響で 1.8 ~ 3.5 メートルほどずれてしまっていた。これでは Google マップや Google Earth 上に航空写真をうまく配置できない。

そこでリースらは衛星から送られてくる位置情報などを元に、Precise Point Positioning と呼ばれる計算方法を用いて基準点のずれを計算し、Google マップ上に日本の新しい地形を描き出せるよう奮闘した。

3 月 27 日から撮影が始まった東北の航空写真は、31 日に公開できる形になり、Google Earth と Google マップの航空写真レイヤーで公開された。この航空写真は救援団体や地方自治体などの現地の支援活動に活用され、地方自治体の罹災証明の発行、保険の迅速な支払い、さらにはボランティアの方々が現地を訪れる際の事前状況把握など、さまざまな形で活用されることになった。

コラム:国土地理院の「くにかぜ」が撮影したデータ

国土地理院の航空写真や地図データも自治体や消防庁、警察、自衛隊などで広く利用された。国土地理院所有の飛行機「くにかぜ」には、航空写真撮影用カメラのほか、航空レーザーや合成開口レーダー(SAR)が搭載されている。航空レーザー測量は、地上に照射したレーザーが反射するまでの時間差を調べる手法で、地表の標高データを精密に測定できる。SARはマイクロ波を地上に照射する手法で、雲の影響を受けずに測量ができるほか、淡水の状況を調べることも可能だ。つまり、どこまで津波が押し寄せたかがわかる。航空写真撮影は高度 2000~2700 メートルで行っていたが、くにかぜはそれに加え、海岸沿いの 150~300 メートルの低空から斜め方向の写真撮影も行っている。この「斜め写真」には真上からの撮影よりも建物などの崩壊具合が分かりやすいという利点があり、福島第一原発などもこれによって撮影された。

こうした撮影された航空写真は、デジタルデータ以外に紙でも提供された。電気や通信のインフラにダメージを受けている被災地が多く、こうしたところではパソコンを始めとする電子機器が利用できなかった。国土地理院や株式会社きもとは、大判のプリンターで航空写真を印刷し、自治体などに配布していた。

国土地理院が撮影した航空写真は、その後、マピオン社の地図サービスを使って参照されるようになったが、Google のサービスを通して閲覧可能になることはなかった。国土地理院の側は、Google からは地震が起きた直後から連絡をもらってはいたが、その後、連絡が途絶えた、という認識でいる。

コラム:国土地理院の「くにかぜ」が撮影したデータ

国土地理院では何通りかの方法で航空写真を提供している。こちらは正射画像データ(オルソ画像)。

国土地理院の航空写真や地図データも自治体や消防庁、警察、自衛隊などで広く利用された。国土地理院所有の飛行機「くにかぜ」には、航空写真撮影用カメラのほか、航空レーザーや合成開口レーダー(SAR)が搭載されている。航空レーザー測量は、地上に照射したレーザーが反射するまでの時間差を調べる手法で、地表の標高データを精密に測定できる。SARはマイクロ波を地上に照射する手法で、雲の影響を受けずに測量ができるほか、淡水の状況を調べることも可能だ。つまり、どこまで津波が押し寄せたかがわかる。航空写真撮影は高度 2000~2700 メートルで行っていたが、くにかぜはそれに加え、海岸沿いの 150~300 メートルの低空から斜め方向の写真撮影も行っている。この「斜め写真」には真上からの撮影よりも建物などの崩壊具合が分かりやすいという利点があり、福島第一原発などもこれによって撮影された。

こうした撮影された航空写真は、デジタルデータ以外に紙でも提供された。電気や通信のインフラにダメージを受けている被災地が多く、こうしたところではパソコンを始めとする電子機器が利用できなかった。国土地理院や株式会社きもとは、大判のプリンターで航空写真を印刷し、自治体などに配布していた。

国土地理院が撮影した航空写真は、その後、マピオン社の地図サービスを使って参照されるようになったが、Google のサービスを通して閲覧可能になることはなかった。国土地理院の側は、Google からは地震が起きた直後から連絡をもらってはいたが、その後、連絡が途絶えた、という認識でいる。

取材、執筆、編集 : 林信行 / 山路達也

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