被災地のビジネスを情報サービスで支援する

第 17 回で紹介したように、2011年 4 月上旬に Google クライシスレスポンスのコアメンバーたちは"Go North"で被災地の関係者をヒアリングして回った。震災直後の救援活動が一段落した被災地では、いかにビジネスを振興していくかが課題になっていた。

2012 年 8 月 10 日掲載

被災地の企業情報を検索できる「ビジネスファインダー」

「東日本ビジネス支援サイト」で公開された「仙台営業中!」。仙台出身者が、市内のお勧めの店や場所を Google プレイスを使って紹介する。

 2011 年 3 月下旬、仙台では震災直後の混乱はある程度収まってきたものの、まだシャッターが閉まったままになっている店も少なくなかった。商店街が閑散としている光景は、市民にも不安を与えてしまう。そう考えた仙台商工会議所は、商店主を説得して店を開けてもらうようにお願いした。さらに、仙台市役所に協力してもらい、開店中の店を市のウェブページで紹介し、地元住民の便宜を図った。

 だが、仙台の商店街が元気を取り戻し始めていることは、なかなか他の地域には伝わらない。

 「仙台は大変な状況になっている」「仙台駅まで津波が押し寄せたそうだ」

 Twitter などを見ると、そうしたデマがまことしやかに流れている。これでは、なかなか仙台に人がやってこないのも当然だ。また、製造業などの中小企業によっては、これまでの取引先となかなか連絡がつかず、ビジネスを軌道に乗せられずにいるところもあった。

 仙台の商店や中小企業は元気に営業している。そのメッセージを日本全国に発信するにはどうすればよいのか。

 "Go North"で仙台を訪れた Google のコアメンバーは、仙台商工会議所などから相談を受けて、ビジネス支援プロジェクトの検討を始めた。

 Google のマーケティングチームの根来香里や井上貴子らが、急遽立ち上げたのが「ビジネスファインダー」である。Google は以前から「Google プレイス」(現在の名称は「Google+ ローカル)」を提供している。これは電話番号や地図、口コミなどといった、店や場所に関する情報をまとめて見られるサービスだ。Google プレイスに登録された情報は、Google マップで検索を行った時に表示されるようになる。4 月 27 日に公開されたビジネスファインダーは、検索対象の場所を被災地に限定し、店舗などを探しやすくした。

 仙台商工会議所は、会議所の全会員にビジネスファインダーの開始を告知し、Google プレイスに店舗等の情報を登録するよう呼びかけた。仙台の近辺にあるいくつかの企業は、すぐさまこの呼びかけに応えた。例えば、明治時代から続く染物屋「永勘染工場」はさっそく Google プレイスに情報を登録して、復興支援をよびかける前掛けの販促を始めている。

 ただし、ビジネスファインダーの利用は想定されていたほどには広まらなかったようだ。このサービスでは店舗名を入力して検索するようになっている。つまり、目的の店舗名がわかっている人が情報を探すのには便利なのだが、地図を表示してそこから検索する使い方にはあまり適さなかった。

 仙台商工会議所は、石巻や気仙沼の商工会議所にも利用を呼びかけたが、震災による被害の大きかったこれら地域ではまだ混乱が続いていた。4 月、5 月の時点では、ネット上でプロモーションを行う余裕がほとんどの企業になかったのは残念であった。

 なお、Google プレイスを利用した支援サービスはその後も続けられ、7 月 16 日には「仙台営業中!」というコンテンツが公開されている。これは、仙台に縁の深いタレントやアーティストらが、お気に入りの店や場所を紹介するというものだ。

新聞記者がビデオカメラで商店主を撮影して回った

「東日本ビジネス支援サイト」では、本文で紹介した「ビジネスファインダー」や「YouTube ビジネス支援チャンネル」、「地元じまん CM メーカー」などのコンテンツが公開されている。

 5 月 16 日になると、動画配信サービスのYouTubeに「YouTube ビジネス支援チャンネル」が開設された。このチャンネルのキャッチフレーズは、ずばり「東日本、営業中!」。被災地の商店主自身が自慢の商品やサービスをアピールするというもので、どの人も大災害に見舞われたと思えないほど元気がいい。実は、この動画を撮影したのは地方新聞紙の記者や営業担当者たちであった。

 企画したYouTube 担当の長谷川泰は、次のように語る。

 「YouTube でサービスを提供するためには動画が欠かせませんが、Google 自身がこうした動画コンテンツを撮影できるわけではありません。思案していたところ、"Go North"に参加したメンバーから地元の情報を一番たくさん持っているのは新聞記者さんだと教えてもらったんです」

 地方新聞の記者はふだんから地元で取材を行っているので、商店主たちとも親しい。店で扱っている商品やサービス、どこが営業中なのかといった事情にも通じている。

 長谷川は、「茨城新聞」(茨城県)、「岩手日日新聞」(岩手県)、「岩手日報」(岩手県)、「河北新報」(宮城県)、「デーリー東北」(青森県)、「東奥日報」(青森県)、「福島民報」(福島県)の 7 社に連絡を取り、YouTube の公式パートナーとしてコンテンツを提供してくれるよう協力を仰いだ。

 新聞記者たちはふだん動画を撮影するわけではないが、持ち歩いているデジカメやスマートフォンには動画機能が付いているし、取材はお手の物だ。YouTube ビジネス支援チャンネルが求めていたのはテレビ番組の映像クオリティではなく、商店主の生の声を届けることだったので、デジカメやスマートフォンの動画機能でも十分だった。

 YouTube ビジネス支援チャンネルの目的は、被災地を応援することに加え、関連企業が参加できるエコシステムを作ることにあった。新聞社としては映像を YouTube に投稿することで、動画に表示される広告から収入を得られると同時に、地元のビジネスを支援することができる。Google としては、自社では調達することができない、地元企業の最新の営業情報を動画で紹介することができた。また、YouTube ビジネス支援チャンネルの動画には、外部リンクが埋め込まれており、視聴者は気に入った商品を通販サイトですぐ購入したり、旅行代理店で予約できる。YouTube に集まったトラフィックが東日本各地のさまざまななビジネスのウェブサイトに分配されるようになっていたわけである。

中小企業の自立支援を行う「復興デパートメント」

2012 年 7 月 12 日より、石巻の食材を使った「石巻爆速復興弁当」のオンライン販売が開始された。第 1 弾は、現地の水産会社と提携して開発した「金華ぎん」(養殖銀鮭)入り弁当。定価は 950 円で、1食ごとに 50 円が被災地に寄付される。

 被災地のビジネス支援は、Google に限らずさまざまな企業が取り組んでいた。IT 企業の中で特に存在感を示していたのが、第 19 回第 20 回でも取り上げた Yahoo! JAPAN である。

 Yahoo! JAPAN が中心となり、2011 年 12 月 14 日にオープンした「復興デパートメント」はインターネット上のショッピングモールだ。復興デパートメントでは Yahoo!ショッピングのシステムをそのまま利用しているが、特徴的なのはネットに不慣れな業者でも参加しやすくしていること。石巻、南相馬などに設置された「復興デパートメント支部」が、生産者のとりまとめや販売代行、ストアの構築や運用、さらには現地での雇用を行う。また、パートナー企業から、Web 制作やプロモーションなどのサービスも受けられる。

 「現地の方々といっしょに私たちもノウハウを蓄え、ゆくゆくはビジネスとして自立化するのが目標です。現地の若者も含め、雇用が生まれるようにしようと考えています」(ヤフー株式会社 R&D 統括本部メディア開発部部長の高田正行さん)

 復興デパートメントでは、当初は被災地の出店者に対して割引を行っていたが、現在では通常と同じ手数料(毎月の売上の 3 %)である。

 「復興が進むのに合わせ、少しずつビジネスとして回るようにする必要があります。そうしないと市場競争力が生まれません。復興デパートメントに掲載している商品は、私自身もよく買っており、とても品質のよいモノが揃っていますよ」(高田さん)

 2012 年 7 月 30 日、Yahoo! JAPAN は石巻に「ヤフー石巻復興ベース」という事務所を開設し、社員 5 名が常駐する体制を作った。今後は「復興デパートメント」を中心に、BtoC だけでなく、BtoB、情報発信、人材育成などに取り組んでいく。また、現地の業者と共同で、復興デパートメントなどで販売する弁当などの商品企画開発も行っていくという。

たんなる支援ではなく、経済を回す仕組みを IT で作る

 大災害での被災地支援と聞くと、誰もがまず思い浮かべるのが、食料などの救援物資や募金、各種のボランティア活動などだろう。こうした活動が被災地にとって重要なものであることは間違いない。

 そして、緊急の災害対応が一段落した後には復興のフェーズに移る。ここでのポイントは、被災地の経済をいかに活性化するかだ。経済が活性化しないと、雇用が生まれず、消費も盛んにならない。物資やお金を一方的に送るだけでは、このサイクルが効率的に回らないのである。

 それに、人間は自分が他人に何らかの価値を提供できていると実感できて初めて、尊厳を得られるのではないか。一方的に施しを受けている状況というのは、受け手にとっても辛い。経済活動とは、お金のやり取りだけでなく、人の根源的な価値のやり取りでもある。

 東日本大震災では、安否確認や生活支援などで情報サービスが大活躍した。注目すべきは、今回紹介したようにその後の復興フェーズでも、情報サービスが大きな役割を果たしたことだ。災害が起こった後には基本的に復興需要が高まるわけだが、IT はそれを後押しした。

 被災地の企業自身がインターネットを使って自社の商品をアピールできれば、離れた場所にいる顧客の心をつかむこともできる。一般の人々が気軽に経済活動に参加することで復興を支援する、そんな新しい流れが加速しつつある。

取材、執筆、編集 : 林信行 / 山路達也

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