パーソンファインダー、東日本大震災での進化(3)

東日本大震災においては、マスメディアや携帯電話会社、警察庁、自治体など関係機関が迅速に連携し合ったことにも注目したい。スピーディな連携により、最終的には 約 20 万件ものデータがパーソンファインダーに登録された。

2012 年 4 月 20 日掲載

NHK の集めた安否情報をパーソンファインダーに取り込む

3 月 16 日(水)には、NHK の安否情報もパーソンファインダーに追加された。

 東日本大震災において、最終的なデータ登録件数が 67 万件にも上ったパーソンファインダーだが、情報源は大きく分けて 3 つあった。1 つは、個人ユーザーがそれぞれ手入力したデータ。もう 1 つは、前回紹介した避難所名簿の写真を元にしてボランティア達がテキスト化していった 14 万件のデータ。そして、3 番目がマスメディアや関係機関との提携によって登録されたデータである。登録件数でいえば 3 番目のデータは、67 万件のうち 3 割程度を占める。しかし、こうした提携関係は、東日本大震災以前から築かれていたものではなかった。

 3 月 14 日(月)の午前 2 時に避難所名簿共有サービスを開始した後、Google 社員達はより多くの安否情報を検索できるようにするため、マスメディアとの連携を模索し始めた。ふだんからメディア関係者とのパイプ役になっている、広報部マネージャーの富永紗くらは面識のあった記者を通じて NHK にコンタクトを取った。

 震災直後から NHK では、テレビやラジオで安否情報の提供を呼びかけており、視聴者から多くの情報が寄せられていた。NHK ではテレビのテロップ等でこれらの情報を流していたが、テレビやラジオでは後から情報を検索することができない。視聴者は自分の地域の情報が流れるまでテレビの前に座って待っていなければならなかった。担当者らは効果的に情報を検索してもらえる方法を探していたが、自前で一から検索システムを開発するのは無理がある。そこに、タイミングよくパーソンファインダーというソリューションが登場したわけだ。

 NHK との担当者と、パーソンファインダーのプロダクトマネージャーを務めることになった牧田信弘、パートナーシップ担当の村井説人らは即日に打ち合わせを行った。翌 15 日(火)にはソフトウェアエンジニアの竹内淳平も参加して表示する際の文言などの細部を詰め、早くも 16 日(水)には NHK から Google にデータを提供することが決まった。平常時には考えられない異例のスピードで、パートナーシップは進められていった。

 作業を効率化するため、竹内らは海外オフィスのエンジニアとも協力して、データの重複をチェックするスクリプト(プログラム)などを次々と書いていった。NHK からデータが届くと、スクリプトを走らせてデータチェック、パーソンファインダーに登録して公開するというサイクルをスムーズに回せるようになった。

携帯電話会社の災害用伝言板と連携する

3 月 13 日(日)には、パーソンファインダーから携帯番号で携帯電話会社の災害伝言板サービスを検索できるようになっていた。

 災害時の安否情報サービスを提供していたのは、NHK と Google だけではない。国内の携帯電話会社は災害用伝言板サービスを用意しており、東日本大震災でもこのサービスが提供された。各電話会社のユーザーは、携帯電話やパソコンを使って安否情報の登録や確認が行えた。

 13 日(日)には、パーソンファインダーで携帯番号の検索を行うと、各携帯電話会社が用意している災害用伝言板に転送され、そちらで検索できるようになっていた。

 17 日(木)になると、携帯電話会社とパーソンファインダーの連携はさらに密になる。各携帯電話会社の災害用伝言板のデータも、パーソンファインダーに取り込まれて検索できるようになったのだ。

 NHK の場合とは異なり、携帯電話会社との連携には「PFIF」が使われた。PFIF(People Finder Interchange Format)は、安否情報サービス間でデータをスムーズにやり取りするために作られたフォーマット(データをどう並べるかという規則)であり、第 6 回に登場したパーソンファインダーの開発者、カ・ピン イー(Ka-Ping Yee)が 2005 年 9 月に最初の仕様を作った。実はPFIFの策定は、パーソンファインダーの開発に先立つ。2005年、ハリケーン カトリーナが米国に上陸した際、安否情報サービスがボランティアによって組織されたが、異なる情報ソースからさまざまなフォーマットでデータが寄せられたため、データの一元管理が困難になった。そこで、ボランティアに参加していたイーが PFIF を策定したのである。PFIF はネット上のデータ交換に広く使われている XML という言語をベースに作られており、名前、住所、現在の状況といった人物ごとのデータで構成される。特徴的なのは、データ登録に使われた安否情報サービスについての情報も含められることだろう。これにより、複数の安否情報サービスがデータをやり取りする際に元データを辿ることも可能になる。PFIF は Google のほか、米 Yahoo! の安否情報サービスにも採用され、2010 年のハイチ大地震では CNN や New York Times なども PFIF を使って安否情報の相互利用を行った。さらに、PFIF は EDXL(Emergency Data Exchange Language/緊急事態データ交換言語)という国際標準の一部として採用され、あらゆる救済機関で使われようとしている。ちなみに、東日本大震災が起こる直前の 3 月 7 日(月)、イーは PFIF のバージョン 1.3 を公開している。1.3 では各データの有効期限も設定できるようになり、パーソンファインダーでもその機能を利用している(指定しない場合のデータ保持期間は 60 日で、それを過ぎるとデータベースから消去される)。

 携帯電話各社は自社データベースに保存されているデータを PFIF を使って、パーソンファインダーにまとめて登録した。また、Google や携帯電話会社以外にも、パーソンファインダーのデータを呼び出して、都道府県ごとに行方不明者を検索できるサービスなどが登場してきた。

 ただし、PFIF によるデータ交換にはいくつか問題もあった。代表的なのが、読みがなの扱いだ。ソフトウェアエンジニアの川口良によって、パーソンファインダーには読みがなの登録機能も早い段階で追加されていた。ところが、PFIF 1.3 には読みがなの項目が用意されていなかったため、他のサービスと PFIF で連携する場合、読みがなの検索や登録が行えなかったのである。なお、現在策定中の PFIF 1.4 では読みがななどのデータも扱えるようになっている。

新聞社や警察庁、自治体からもデータ提供が相次ぐ

 NHK や携帯電話会社のあとも、マスメディアや関係機関からのデータ提供は続いた。

 携帯電話会社のデータが追加されたのと同じ 17 日には、毎日新聞が安否情報のデータを提供している。これは、避難所を回っていた記者達の書いたメモを Excel に入力してまとめたものである。

 また、パートナーシップ担当の村井は、この頃から被災地の各県警にコンタクトを取り始め、安否情報などの提供を求めていた。その後、警察庁が各県警の情報をとりまとめ、22 日(火)午前 7 時には警察庁の安否情報がパーソンファインダーに追加されている。

 さらに、同じ 22 日には、朝日新聞からのデータも加わった。朝日新聞のデータはウェブサイト上に掲載されており、竹内らはサイトを巡回してデータを取得するスクリプトを開発した。朝日新聞のデータ件数は 数万件にも上ったが、処理の難しいデータもあったようだ。例えば、姓と名の間に区切りがないデータは、どこまで姓なのかを確実に区別することができない。勝手に区切ってしまうと、間違えた場合に検索できなくなってしまう。そこで、姓名が区切られていない名前データに関しては、丸ごと姓の項目に登録するようにした。

 その後、岩手、宮城、福島など被災した各県からも名簿データが Excel 形式で送られてきた。すでにデータを処理するためのスクリプトは開発済みで、ノウハウもたまっていたため、これらのデータをパーソンファインダーに登録するのにさほど手間は掛からなかったという。

 避難所名簿共有サービスは 6 月で終了したが、パーソンファインダー自体はその後もサービスが継続された。この時期でも、知人の安否情報を求める書き込みを行っている人がいたという。警察庁は 10 月 16 日まで安否情報のアップデートを続けた。

 2011 年 10 月末、7 ヶ月以上に渡って利用されてきたパーソンファインダーは、ひっそりとサービスを終了した。

平常時からのパートナーシップの重要性

災害時ライフラインマップでは、au、東京ガス、ホンダが提供しているライフライン状況のデモ(2011 年 3 月時点)が見られる。

 東日本大震災において、マスメディアや関係機関は平常時の手続きを簡素化するなどして連携し、できる限り迅速に正確な安否情報を人々に伝えようと奮闘した。時には現場での大胆な判断もあったようだ。さまざまな組織や個人が連携して情報を伝えようと努力したことで、家族・知人の安否を知り、安心できた人も多かったのではないか。ただし、これを非常時の美談にとどめるべきではないだろう。平常時から組織の担当者レベルではなく、もっと上のレベルで各組織がどう連携し、どう情報をやり取りするか、意思疎通を図っておく必要がある。

 政府もこうした課題を把握しており、2011 年 12 月 28 日には総務省の「大規模災害等の緊急事態における通信確保の在り方検討会」が報告書を公開している。この報告書では、「行政機関等とポータルサイト等の運営事業者との間であらかじめ緊急時や災害発生時の対応について協定を締結し、情報提供の具体的手順を共有した上で、訓練を実施する」「インターネット上で震災関係の情報が広範かつ速やかに提供されるよう、ポータルサイト等の運営事業者間で情報共有を行う」といったアクションプランが提示されている。

 2012 年 3 月 7 日、Google は今後の災害時に関する新しい取り組みをいくつか発表した。その 1 つが、地方自治体・行政機関、報道機関、通信事業者、事業主/組織など合計 46 団体とのパートナーシップ提携である。例えば、今後は NTT ドコモ提供の「災害用伝言板」、および KDDI・沖縄セルラー提供の「災害用伝言板サービス」と、Google のパーソンファインダーは相互運用が行われるようになる。災害が起きた時には、これらの電話会社のサービスから直接パーソンファインダーの情報を検索できる。このほか、Google が試験利用目的で公開している「災害時ライフラインマップ」で、auの携帯電話網、東京ガスによる都市ガスの供給停止エリア、ホンダによる通行実績状況も見られる。あわせて、Google は広くパートナー企業を募集することも発表し、パートナー申し込みのフォームを用意した(詳細については Google 公式ブログ 日本版の記事を参照)。

 組織間でのデータ交換についても、検討すべき課題は多い。パーソンファインダーへのデータ登録では、Google のエンジニアが各組織から送られてきたデータを変換するためのスクリプトをすさまじいスピードで書き上げた。しかし、データの形式が組織内で事前にある程度統一されていれば、こうした変換処理の手間は少なくなり、データ登録もより迅速に行うことができる。もちろん、PFIF のような共通フォーマットが普及し、対応サービス同士が自動的にデータをやり取りするようになるのが理想ではある。だがそこまで行かずとも、例えば名簿データを表計算ソフトに入力する際の簡単なガイドラインを組織内で定めておくだけで、変換処理は減り、他の組織とのデータ連携は圧倒的にスムーズになるだろう。

取材、執筆、編集 : 林信行 / 山路達也

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