Google は何をプロジェクトとして進め、何をあきらめたのか?(2)

Google の災害対応では、提案されたアイデアがすべてプロジェクトとして進められたわけではない。コアメンバーは、さまざまな観点からプロジェクトの優先度を決定していった。

2012 年 9 月 7 日掲載

優先度の基準 3:すでに他社がやっていないか?

(前回からの続き)

 震災直後の Google が、プロジェクトを進めるかどうかの判断基準にした材料は、上記の「クリティカルで効果があるか」と「利用者が活用できる情報か」かのほかに、もう 1 つある。それは「他社がやっていないか」だ。

 クライシスレスポンス特設ページでは、災害に関しての役立つ最新情報を常に掲載し続けているが、例えばパーソンファインダーは災害発生から日にちが経つに連れ、必然的にニーズが下がってくる。個々のユーザーにとっては、安否確認ができれば再度訪れる必要がないからだ。ということは、前出の特設ページには、災害からの日数の経過に多じて、「緊急対策」から「復旧作業」へのシフトなど、適切な情報が変遷していくのかもしれない。ならば、「すべてのサービスを自社で用意する必要はなく、場合によっては他社のサービスをどんどん載せるべきだ」と徳生や三浦は考えていた。実際、Google のクライシスレスポンス特設ページには、Yahoo! JAPAN や助け合いジャパンといったボランティア活動へのリンクも掲載されていた。同様に、Yahoo! JAPAN にも Google クライシスレスポンスへのリンクを用意していた。

 本連載は Google の Web ページに掲載される記事だが、2 回半にわたって Yahoo! JAPAN の取り組みを紹介した。同社の活動のすばらしさを教えてくれ、担当者を紹介してくれたのは、Google クライシスレスポンスチームの賀沢秀人で、他の社員も他社の取り組みについても学びたいと積極的だ。開発者リレーションの山崎富美も、Yahoo! JAPAN の取り組みを賞賛した上で「Google 社内でも被災地の物販の販売支援などの案が出たことはありました。しかし、それは我々の得意分野ではなく、Yahoo! JAPAN の得意分野です。災害直後のように特別な状況下では特に、それぞれが自分の得意な形で支援をするのが望ましいと思います」と語り、記事を書くことを応援してくれた。

 それを聞きながら筆者(=林)が思い出していたのが、震災から数週間後の状況だ。当時、Twitter で数十万のフォロワーを持つ人の多くは、安否確認情報や被災地の重要情報などをリツイートで拡散することを重要な支援と考えており、筆者もその 1 人だった。当時、さまざまな個人や企業が、支援物資のマップや医療情報などの提供といった活動を始めており、取り組みが形になると、筆者や他の拡散力のある人に「こういったサービスを作りました。拡散してください」と頼んできた。しかし、中にはすでに他社が提供しているサービスと重複する内容のサービスも目立った。筆者の方で「これは〜〜のサービスと内容が近いのでくっついた方がよくないですか」と提案することもしばしばあった。その結果、「連絡を取り合ってみます」という返事が返ってくることもあったが、「あそことはやり方が違うので、うちはうちで進めます」という返事も多かった。

 情報サービスはたくさん立ち上がれば立ち上がるほど、情報が分散してしまう。元となる情報の蓄積先(データベース)として同じものを共有していればその心配はないが、別のデータベースを持っていると、避難所の情報にしても、公衆電話の場所の情報にしても、支援物資や炊き出しの場所の情報にしても、分散してしまい役立たないものになってしまうことが多い。

 別の取材で Safecast Japan というプロジェクトのリーダーと話をする機会があった。Safecast Japan は震災から 1 週間後に立ち上がったプロジェクトで、放射線測定機と GPS を活用して放射線量の地図を作っていた。このリーダーによれば、似たような取り組みをしている人達の意見にもできるだけ柔軟に耳を傾け取り込んできた、ということだった。

 会社組織ではなく個人やグループで、情報活動をする人たちは、自分の信念を少し曲げてでも、多様な人を取り込んでいった方がよい活動ができるのかもしれない。

優先度の基準 4:持続可能性

パーソンファインダーをベースに開発された「アニマルファインダー」。犬種や画像などの項目が追加されている。

 プロジェクトを進めてるべきかどうかの判断基準が、もう 1 つあるとすれば、それはプロジェクトが継続可能か否かだろう。

 実は震災直後、筆者は、NTT 東日本が Twitter を通して公表し始めた避難所の特設公衆電話の場所を個人的に Google マップにまとめていた。日本語の情報では、被災地の外国人にわからないだろうと考えたからだ。実際にマップを作り始めると、情報の写し間違いなのか、存在しない学校の名前なども出てきたが、そうした情報については NTT 東日本の Twitter アカウントに直接質問をしたり、その土地に詳しい人に Twitter で助言をもらったりした。情報をまとめるのに半日ほどかかったが、なんとか公開して、自分の Twitter アカウントで他の情報を押し流さないように 1 度だけ宣伝した。しかしその後、特設公衆電話が追加されていく状況を見て「これは自分では継続できない」とあきらめた。あきらめたからには作った情報を削除するか、宣伝のつぶやきを削除しないと、誤って古い情報にアクセスする人も出てくるかもしれない。とはいえ、半日がかりで作った情報を、そのまま捨ててしまうのはもったいない。信頼していた災害情報サイトの 1 つに情報提供の窓口があったので、そこになぜ特設公衆電話設置場所の地図化が必要かの理由と、それまでの成果、そして自分で継続更新を断念した理由を書き添えて送信した。

 Google でもエンジニアは、データ入力の手間を軽減できるよう工夫するなど、システム側にプロジェクトを継続しやすい仕組みを盛り込むようにしていた。ウェブマスターなどは状況に応じて重要でなくなった情報は整理して、見えにくくするなどの配慮を行っていた。

 災害対応は生き物である。一度サービスを作って世に出したからといって、それが永久に同じ価値を持つということはない。時間が経つにつれて重要だった情報が不要になったり、不要と思っていた情報が必要になったりと優先度の入れ替わりが激しい。その時その時の状況をにあわせて、サイトそのもののデザインを継続的に変えていくことも、大事な仕事だ。

優先度が低い=プロジェクトの終わりではない

 さて、上ではクライシスレスポンスチームのミーティングで低い優先度がつけられ、なくなってしまったプロジェクトもある、という話をした。だが、管理者が「不採用」を決めても、作る側に熱意があれば、続けられるのも Google の特徴だ。

 例えば、ミーティングで動画版パーソンファインダーを却下された長谷川泰は、このアイディアをあきらめなかった。彼は YouTube でのライブ放送でも協力関係にあった TBS に相談し、被災地で撮影した避難所などの取材映像に、どこでの取材かなどがわかる正確な場所情報を添えて YouTube の TBS 公式チャンネルに掲載してもらう話をとりつけた。その上で YouTube 上に「消息情報チャンネル」を作り、家族や知人へのメッセージを発信する動画を再生リスト化し、名前や避難所等で検索可能にした。後に、テレビ朝日もこれに加わってくれた。

 他にも徳生に認められなかったサービスがある。「アニマルファインダー」という行方不明になった動物を探すサービスだ。徳生はまずは人命を扱うサービスの方が重要という判断で、この「アニマルファインダー」は Google の災害対応サービス中では扱いが低いサービスとして位置づけていた。

 「もっとも、だからといってやるなというわけではありません。Google には、就業時間の 5 分の 1 を好きなプロジェクトに費やせる 20% ルールという制度があります。どうしてもやる必要があると考えるなら、その 20% の枠組みで作って、世に出すことができます」(徳生)。

 実際、 シニアエンジニアリングマネージャの及川卓也とソフトウェアエンジニアの川口良はその通りにやってみせた。Google に知り合いのいる大勢の人から動物版パーソンファインダーを望む声が多数届いていたが、及川がこうしたリクエストを集約し、川口が集まってきた意見を元にこれを形にした。やはり、人間とは違いペットは自分の名を名乗れる訳ではないので写真を入れるなどの機能が加わっている。

 パーソンファインダーをベースに、エンジニアの高橋周平とともにサービスを開発し、公開したところ、あっという間にすごい量の情報が集まってきた。

 予想を上回る反響を知った徳生も「どれだけ飼い主とペットを再会させることができたのかわかりませんが、反響を顧みると、僕の判断は間違っていた、あるいは過小評価していたのかもしれません」と振り返っている。

 何が大事で、何がそうでないかを決めるプライオリティの判断は非常に難しい。管理者とエンジニアの間では、これに限らず、たびたび衝突があったようだ。

 しかし、だからといえ、この判断なしにことを進めていたら、誰の役にも立たない無駄な開発や、同じようなサービスの乱立が増え、短期間にあれだけ多くの有益なサービスを立ち上げられなかっただろう。

 次の大規模災害の時には、この東日本大震災での経験も優先順位を決める際の大きな判断材料になるはずだ。

 読者の方々にも、あの時、どんな情報が役立ったか、どんな情報が欲しかったを下のフィードバックフォーラムやGoogle+、Twitter、Facebookなどで#kiroku311のハッシュタグをつけて議論してもらえれば、と思う。

取材、執筆、編集 : 林信行 / 山路達也

このチャプター「Google は何をプロジェクトとして進め、何をあきらめたのか?(2)」を PDF 形式でダウンロードできます。

ご意見をお寄せください

「東日本大震災と情報、インターネット、Google」をご覧いただき、ありがとうございます。 よろしければ、ご意見、ご感想のほか、災害時にインターネットが役立ったというエピソード、こんなサービスが欲しかったという要望もぜひお寄せください。

お問い合せフォーム