Google は何をプロジェクトとして進め、何をあきらめたのか?(1)

震災発生後、 Google はめざましい勢いで災害対応サービスを開発していった。これら膨大な数に上るプロジェクトは、どのようにして管理されていたのか。

2012 年 8 月 31 日掲載

日の目を浴びなかった災害対応もたくさん

 ここまでの連載を読んできた読者なら、安否の確認から、避難所や物資の地図提供、車が通れる道路情報の提供や航空写真による救援活動の支援、復興に向けた被災地の商業活動の支援など、災害後に IT ができる事柄が非常に幅広いことがおわかりいただけるはずだ。実はここまでの、そしてこれからの連載で紹介できる Google の災害対応は、まだまだほんの一部だ。中には一度、議論に出たり、プロジェクトとして動き始めたものの途中で取りやめになったものもある。一体、同社はどの災害対応を進め、どの災害対応をとりやめるかをどのような基準で決めていたのか。

 平常時の Google であれば、最終決定権を持つのは製品開発本部長の徳生健太郎だ。しかし、徳生は、災害対応においては YouTube のプロダクトマネージャー、ブラッド エリス(Brad Ellis)が実質的な管制塔だった、という。

 震災直後、クライシスレスポンスチームでは、エンジニアたちが思いつく端から行動をおこし、誰かの役に立つはずとプログラムを書き始めていた。それらを 1 つ 1 つ表にまとめ、優先順位付けや人の割り振りをしていたのがエリスだった。取りやめになったプロジェクトなど記録が消えてしまったもの、エリスの網にひっかからなかったプロジェクトもあるが、今回の取材にあたりエリスの表に残っていたプロジェクトの総数は 207 個にものぼった。

エリスのリスト

ブラッド エリスが作成したプロジェクトの管理表。現在の担当者やプロジェクトの状況が一目で把握できるように工夫されている。

 怒濤のような 3 月 11 日が終わって翌日の土曜日、エリスは社員全員に届くメーリングリストが大量のメールであふれていることに気づく。「何かできることがあれば手伝いたい」というメールが多かったことに気がついたエリスは、重要なメーリングリストから、その話題を分離させるべく「Japan quake volunteer(日本向けの震災ボランティア)」という新規メーリングリストを用意した。これを使って、誰がどんなことをやっていてどんな助けが必要かの情報を交換しようとしたのだ。

 その後、エリスは収集した情報を元に Google Docs というサービス(現在は Google Drive に統合)でスプレッドシート(表)を作成し、誰がどんなことをやっているかを表にまとめて整理し始め、それを 14 日の月曜日、ミーティングで皆に紹介した。

 ミーティングでは、思いついたアイディアも表に書き込みたいという意見が出た。営業チームの荒木温(のどか)は、Twitter などを通して社外から Google にリクエストされているアイディアをまとめていた。ただ、一度にたくさんの情報が集まり過ぎたため、エリスは 1 人で整理できなくなり助けを求めたところ、以前東京オフィスで勤務していたプロダクトマネージャーの井上陸が名乗りをあげ、整理を手伝ってくれた。

 こうして Google 東京オフィスでの全災害対応を管理する表ができあがった。この表には 1 件 1 件の災害対応に対して、優先度や手伝いたい人の連絡先ともなる責任者の名前、進捗の度合いが書き込まれていた。また別表には、個々のプロジェクトを誰が手伝っているかも書き込まれた。その後、数百件のプロジェクトが書き込まれる表に成長するが、エリスはこれをいかにして管理したのか。

 「私がやったのは型をつくっただけ」とエリスは謙遜する。「とりあえず表にこういった項目を書き込むということを決め、ある程度、わかっているプロジェクト、わかっている人の情報だけ書き込んで共有しました。すると、後は抜けているところに、それぞれの担当者が自分で情報を書き込んで埋めてくれたんです」

 もっとも、情報に抜けがある項目は、Google Docs の条件設定機能を使って自動的に色がつくように工夫をしていたようだ。

 簡単そうに語るエリスだが、表のとりまとめ以外にも多くの作業をこなしていた。毎日、他の社員たちが寝たりプログラミングに集中して、他の人とのやりとりがなくなる深夜帯に、メーリングリストのすべてのメールに目を通していたのだ(震災発生から 1 ヶ月で 569 の話題が立ち上がった)。まだ表に書き込まれていないプロジェクトや進捗の情報を補い、さらには、翌日のメーリングリストには、今誰がどんなプロジェクトを進めているか、流し読みしただけで全体像をつかめるように簡単な「まとめ」の文章を投稿していた。

 その上で、個々のプロジェクトに優先度を付けるようにしていた。必要であれば、各プロジェクトの担当者から、プロジェクトの詳細を聞き出して仮の優先度を付けておき、その後の会議で優先度をどうすべきかという議論を行っていた。

 「あのような状況下では、何を良しとして何を悪しとするのか、何をやるのかやらないのかという判断をする人が必要でした。判断が 100% 正しいか正しくないかではなく、統一した見解を誰かが出すということが重要でしたが、彼が一瞬にして管制塔になったことが(Google)東京で大きなスピードをあげられた理由の 1 つだと思います」と徳生は振り返る。

優先度の基準 1:重大さ

長谷川泰が当初提案した動画版パーソンファインダーは、ミーティングで却下される。しかし、その後も諦めずにパートナーとの協力関係を取り付け、「YouTube 消息情報チャンネル」として公開した。

 それでは、Google では、どういうプロジェクトを優先させていたのか。エリスは「震災直後の最初のうちは、とにかく『人命に関わるものを優先』していた」という。

 では、それ以後はどうか。

 徳生の基準はこうだ。

 「まず、どれだけ情報がクリティカル(重大)か。そして、どれだけ使えるか。ということを考えました。これは平常時の製品開発と同じ考え方ですが、進めていくうちに、いい気になってしまう時もあると思うんです。『これって大事だよね』って 1 人で思い込んでいると、作り上げた本人は満足をしているけれど、実際にはあまり使われないということが多々あります。僕がいつも気になったのは、本当に使われるのかなあ、という点でした」

 Google の検索結果は、アルゴリズム(計算)によって自動的に順位が決まるが、クライシスレスポンス(災害対応)のページに何を載せるか、どういう順番で載せるかは、すべて恣意的に決められる。徳生や Web マスターの三浦健はその点に関してかなり重圧を感じていたようだ。

 いずれにしても、徳生らのふるいにかけられ、提案したプロジェクトをあきらめたエンジニアも多かった。

 YouTube のプロダクトマーケティングマネージャー、長谷川泰は震災翌日の 3 月 14 日には、YouTube を使って動画版パーソンファインダーを作りたいという提案をしていた。避難所などにいる人が、YouTube で動画を使って自らの安否を伝えれば安心できる人も多いだろう、という案だった。長谷川は 1 日に何回かあったクライシスレスポンスチームのミーティングで「動画もやりたい」と提案する。「最初に提案した時には全く評価されませんでした。実施するために現地の動画はどうやって集めるのか、どのように権利処理をするのか、どのような技術で動画の整理をするのか、そこまでの具体的な実行案に落とした上で提案してほしい、と言われました」

 長谷川は当時、コタツエリアで毎日数回行われていたミーティングをこう振り返る。

 「有名なコタツエリアでのミーティングでは、1 個 1 個のプロジェクトに優先順位を付けていくんですね。このサービスは早くやったほうがいいだとか、すぐやるべきだとか。最初に動画版パーソンファインダーのアイディアを出した時には、プライオリティ低いというか、現実度が低いというふうにランク付けをされてしまいました」

 一度、こう判断されたプロジェクトには、エンジニアもチームもつかず、自然とあきらめざるをえない状況に追い込まれていく。

優先度の基準 2:咀嚼できる情報か?

 非常にクリティカル(重大)で、大勢が関心を持つにも関わらず、あえて扱うのをやめた情報もある。「放射能汚染」に関する情報だ。震災直後の日曜日、3 月 13 日時点では、Google は放射能に関する話題も取り扱う予定でいた。ウェブマスターの三浦は「原発から放射性物質が漏れて危険」といったニュースが気になっており、風向きなどのデータを地図上に描画できないかと考えていた。社内の関係するチームに問い合わせてみると、風向きのデータがあることはわかった。三浦は「この情報をマップの上に載せよう」と提案をする。しかし、クライシスレスポンスチームの他のメンバーからはこんな反応が返ってきた。「やるのは可能だけれど、それが利用者にどう受け止められるのか。多くの人は、風向きのデータを見ただけではどういうアクションを起こせばよいのか、よくわからないだろう」。これを聞いて三浦も納得をした。

 徳生は言う。「放射能の影響については、どの人の意見が正しいかの判断からして難しい。どれが最も権威のある意見で、どれが最も公平な見方か、あるいはどれが一番精度が高い情報かということについてすら、意見が分かれていました」

 放射能に関する情報は、解釈を加えて出すにしても議論を呼びそうだし、手を加えずに出したら利用者はどう判断していいかわからない。結果的に、不安をあおって、混乱を増幅させることにもなりかねない。

 そこで徳生は「少しコンサバ(保守的)だったか」と思いつつも、放射能関係のデータは扱わないという判断を下す。クライシスレスポンスチーム内では放射能に関連した情報サービスのアイディアがたくさん出ており、それがリスト化されてもいたが、結局すべて断念することになった。

 この判断については、今でも議論がわかれるところで、今回の記事作成にあたっての取材中も、クライシスレスポンスチームのメンバーからは「それでも、やはりあの時、情報を出すべきだったんじゃないかな」といった声も聞かれた。手を加えずに情報を出せば、それが議論の下地にもなるという意見だ。

 ちなみに、放射線についての情報は文部科学省がまとめて公開しており、現在のものではGoogle マップなどのプラットフォームを使って地域ごとの情報を参照できるようになっている。


(次回(9月7日(金)公開予定)に続く)

取材、執筆、編集 : 林信行 / 山路達也

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