震災直後、インターネット上の各種支援サービスは本当に人々の役に立ったのか。今回ほど IT が活躍した自然災害はないという声がある一方、本連載の読者からも、通信インフラが絶大な被害を被った状況で IT は役に立たなかったのではないか、という厳しい意見をいただいている。
その答えは簡単には出てこない。被災地域はあまりにも広く、被害の状況は千差万別。置かれた状況によって被災者が求めている情報もまったく異なるからだ。
大きな被害にあった東北地方沿岸部であれば、真っ先に知りたかった情報は、避難場所であり、余震への対処方法であったろう。大きな揺れを感じた程度に留まった東京では、帰宅するための交通手段が最も気になる情報だった。
ただし、どこでどのような形で被災したにしても、共通して必要とされていたのは、何が起きたのかについての正確な情報と近しい人々の安否情報である。
震災発生からわずか 1 時間 46 分後、Google は安否確認サービス「パーソンファインダー」の提供を開始し、その後 17 時 7 分にはクライシスレスポンスページを立ち上げて地震情報の掲載を始めている。
そのことはすぐさま Twitter などを通じて広がり、大きな話題を呼んだが、はたして被害の大きかった東北の被災地にもちゃんと伝わり活用されていたのか。
この連載の執筆に当たり、津波被害にあった東北地方沿岸部を中心に取材を行った。知人や関係機関のほか、不特定多数の方々が集まる会にも参加してきたが、残念ながらクライシスレスポンスが役に立ったという話はあまり聞けなかった。
情報へのニーズがなかったわけではない。安否情報のほかにも、自分が住む地域の被害状況や救援物資が得られる場所、停電の期間など、必要な情報はいくらでもあった。しかし、それらにアクセスするのに必要な電気や通信のインフラが利用できなかったのである。
総務省の報告では、東北・関東の携帯電話基地局約 7 万局のうち、ピーク時では約 1 万 4800 局が停波(電波の送受信ができない状態)になっていたという。固定の電話回線にしても東北地方の契約回線 270 万件中、ピーク時で 100 万件が不通状態になっていた( 参考:総務省「東北地方太平洋沖地震における通信の復旧状況」)。
宮城県亘理郡の山元町では、通信インフラどころか、町内の防災無線設備すら地震の影響で壊れてしまっていた。
大きな津波被害にあった気仙沼や石巻も、数日間は外部からまったく連絡の取れない状態にあった。
人口 100 万人を超える政令指定都市であり、今回の被害地域で最大の都市、仙台でも電話の混乱状態は約 5 日間続いた。また、たいていの地区では、電気の復旧に 2 〜 5 日、水道が約 1 週間、都市ガスの復旧には約 1 ヶ月かかったという。